「礼儀を尊重しない人、礼儀の意義に無自覚な人」の落とし穴【福田和也】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「礼儀を尊重しない人、礼儀の意義に無自覚な人」の落とし穴【福田和也】

福田和也の対話術

 

 マニュアル的な発想をしていると、こうしたトンチンカンなことになるのですね。言葉遣いには、本当にマニュアル流の滑稽な誤りがたくさんあります。このごろ、一部の業者のオペレーターがよく使っている「お名前様」という言葉。これ自体、大変耳障りで、酷い言葉だと思いますが、そういう業者のマニュアル言葉を、そのまま日常の丁寧語として使う人がままあるのは、本当に嘆(なげ)かわしいことだと思います。

 こうしたことが起こるのも、礼儀作法が生きたもの、つまり人と人との、生き生きした緊張感にもとづくのではなくて、相手を眼前にしながら実はいないのと同じで、自動的かつ反射的な対応に終始していることが多い、つまりこれまで申してきたように、マニュアルとして礼儀を展開しているからです。

 そこのところをさらに深く探ってみると、現在における、人間関係の希薄化というか、一面化という事態につきあたるのではないでしょうか。一面化などという、非常に概念的な言葉を使って申し訳ありません。

 何をもって一面的か、というとこれは若い方を私なりに観察して考えたことなのですが、彼らは、一般に、自分が他人にどう見られているか、どう評価されているか、ということにとらわれています。

 他人と対面していても、そこで関心を集めているのは、自分。自分にたいする見方だけなのですね。相手が自分をどう見ているかということにばかり関心がいっていて、自分をある程度評価してくれる人間とは、気楽につきあえるけれど、そこが不安だと口もきけない。こうした体面的な場における過度の防衛的な姿勢を、一面化と云ったのです。

 そう云うと極端かもしれませんが、相手が一体どんな人間なんだろう、何を考えているんだろう、見かけや云うことと、中味はどうズレているんだろう、といったことにはあまり強い興味をもっていないように思うのです。

 そういったことへの興味が欠けている、つまりは他者にたいする好奇心と、深いコミュニケーションへの欲求がない。ということは、これはなかなか大きな現代的な問題ーー特に、携帯電話やメールといった情報機器の普及と切り離せない問題だと思いますがーーにつながるわけですが、さしあたってその被害というか影響を一番強く受けているのが、礼儀作法であると思います。

 挨拶をすること。姿勢を正し、相手を眺め、困っていれば手を貸したり、道をあけたりする必要がないかを見届け、適当な話題を選んで話しながら、微笑むなり、真剣な顔をするなり、心配そうな顔をする。こうした行為は、どれ一つとして反射的に出来るものではないのです。きわめて深く複雑な判断、自分と相手との関係にたち、同時に自分が相手に何を求めるのかーー好意か、善意か、敬意か、刺激的興味や誘惑的興味かーーという計算から、行われるべきものなのです。

 

次のページ自分が無意識に行っている作法のアレンジにたいして、意識的になれ、

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福田 和也

ふくだ かずや

1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子賞、2002『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、06年『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。著書に『昭和天皇』(全七部)、『悪と徳と 岸信介と未完の日本』『大宰相 原敬』『闘う書評』『罰あたりパラダイス』『人でなし稼業』『現代人は救われ得るか』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『総理の値打ち』『総理の女』等がある。

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